運送事業者、荷主における新たな取り組みや成功事例にスポットをあてたインタビュー記事。(毎月第1週に更新)
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全員が「方針書」で意識を共有しサービス向上を図る
企業の方向性が明確になっていて、全員が意識を共有できれば強い会社になれる。しかし、それを実現するのは簡単なことではない。会社の方針と、その内容に対する理解の深化、意識の共有化を図るには、地道に反復して取り組むことが重要である。
全従業員のレベルアップと意識の共有化を図るために、企業精神や企業目的さらに経営方針などを集約した独自の「方針書」を作成して活用しているのがミツハシ運輸梱包サービス(横浜市鶴見区、三橋一郎社長)。同社では「方針書」を全従業員が常に携帯して学習に努め、さらに社長がボイスメールで毎日、「方針書」の1項目を声で全員に伝達している。
同社は機械や精密装置などの輸送・搬入・設置、食品や飲料、事務用品などの小口配送、梱包作業(木枠梱包・カートン梱包・真空梱包・チッ素梱包)などを行っている事業者で、社員は18人、車両数はパワーゲート、ユニックが主体で2t車、4t車が13台の規模である。
同社の設立は1955年2月、東京・目黒区で三橋荷造運送としてスタートした。
当時の目黒周辺には電気や機械などの製造業が多く存在し、同社はこれら地元企業を主たる荷主として事業を展開してきた。したがってユニック車を主体にして、電気や機械関係の機器などの輸送・搬入・設置作業などを得意としてきた。また、荷主の工場に従業員を常駐させて、構内作業なども行ってきた。
しかし、時代の変化とともに目黒周辺に数多くあった製造業は徐々に移転していった。当時はまだ海外移転ではなく、京浜工業地帯などへのシフトであった。また、かなり後年のことにはなるが、当時のメインの取引先であった工場の移転などもあり、同社も03年4月に現在の所在地に移転したのである。ところが移転した3年後の06年に、その当時、構内作業や人材派遣なども含めて同社の売上の約50%を占めていた荷主との取引が一気にゼロになってしまう、という事態に陥った。
売上の約半分が一気になくなるということは、経営的には大変なことである。しかし、同社はこの危機を乗り切ることができた。
第一の理由は、その荷主の仕事は年度末に極端に集中するという特徴があったことだ。この需要の大きな波動性が結果的には幸いした。取引が中止されたのは新年度からなので、いわば経営再構築のための猶予期間が1年あったことになる。もう一つの理由は、偶然にも新規のスポットの荷物などが増加したことである。メインの荷主との取引がなくなった後に、「たまたま新規の問合せが多かった」(三橋清枝専務)。
また、同社はローカルネットに加盟していて、ローカルネットからも積極的に仕事を取るようにした。このようにスポットの仕事で埋め合わせることで、結果的には年間を通して「売上が多少落ちた程度ですんだ」(三橋一郎社長)のである。さらに同社では、その年に2tアルミバン車によるルート配送の新しい分野への進出も果たしている。
大きなピンチに遭遇した時に“たまたま新規の問合せが多かった”のは偶然性という幸運も否定できない。だが、幸運を呼び込むための布石があった。「お客さんの紹介でお客さんが増える仕組みづくり」(三橋清枝専務)である。お客がお客を紹介してくれるのは担当ドライバーの功績が大きい。
そしてドライバーの意識向上のカギが「方針書」である。同社の「方針書」は携帯に便利なように手帳サイズで350ページを超える。内容は、方針書の目的、物流人はじめの一歩、経営方針書、サービス方針書、年度方針、管理方針(別冊)、管理表(別冊)といったもの。さらに各項目ごとに中項目、小項目があり、基本的に1項目を1ページにまとめ、イラストなども使用している。また、各ページの下には確認用の日付欄が付いていて、その項目を読んだ日付を記入するようになっている。同じ項目を何度も繰り返して読むように日付欄は9回まで記入できるようにされている。
「方針書」は就業規則ではない。日常的に遭遇する様ざまな場面で、各人が的確な判断と行動ができるような力を身につけることを目的としている。そこで同社が過去に経験した顧客との関係や仕事上の問題などを基に、良いサービスを提供して高い報酬を得るにはどうすべきかを、1人ひとりが自分で判断できるようにまとめている。
「方針書」を初めて作成したのは15年ほど前だが、定期的に内容を改訂し現在に至っている。また「はじめは強制的に読ませていたが、効果が少ないことや、読むページと読まないページがあることも分かってきた」(三橋一郎社長)。
そこでボイスメールも活用し、毎日、1ページを社長が読んで録音し、何回も聞かせることで内容を身につけさせるようにした。社長が自分の声で全従業員に語りかけることも重要である。このようにミツハシ運輸梱包サービスにとって、「方針書」は意識の共有を図り、企業力向上のためのよりどころになっている。
<物流ジャーナリスト 森田富士夫>