運送事業者レポート
TOP運送事業者レポートtop>2016年7月

運送事業者、荷主における新たな取り組みや成功事例にスポットをあてたインタビュー記事。(毎月第1週に更新)

バックナンバー一覧はこちら

【第69回】 有限会社泰成運輸(長野県箕輪町)

移動販売車「にこやか号」で買物支援


 移動販売車「にこやか号」で買物支援をし、物流事業者の機動性を活かして地域活性化にも貢献しているのが泰成運輸(長野県箕輪町、菅沼泰登社長)。同社の設立は1995年で、それ以前は貨物軽自動車運送業をしていた。箕輪町など上伊那地方は、昔から精密機器メーカーの工場などが多い。これら精密機器の工場からはスポットの荷物が多く出るため緊急輸送の需要がある。そのような輸送需要が見込めるため、「許可申請の半年前に会社を設立して、一般貨物自動車運送事業の許可を取得」(柴みずほ専務)した。

 現在の泰成運輸の保有車両数は42台(軽車両10台、1t車5台、2t車13台、4t車12台、3t移動販売車1台、〒マークつき3t車1台)で社員は30人。事業内容は、24時間対応のチャーター便、個人宅や企業への定期配送・宅配業務、引越サービス、代行業務(代行納品、代行運転)、移動販売車による生鮮3品や日用品などの販売、旬の野菜販売などである。

 運送事業では地域経済の特性に対応した様ざまな展開をしているが、ここでは泰成運輸のもう1つの事業である生鮮品などの販売について紹介しよう。

 とくに「にこやか号」による移動販売は、買物弱者支援と地域活性化という面から関心を集めている。そもそも同社が物品販売を始めたのは2009年で、地元の野菜などの販売であった。そのキッカケは、「地元の精密機器のメーカーがリーマンショックの影響を受け、そのため当社でも動かないトラックが多くなりました」(柴専務)。さらに燃料価格の高騰などもあり、苦境を乗り切るにはどうするかという社内ミーティングの中から、積合わせによる積載率向上やエコドライブによる燃費削減など運送事業者としての打開策とともに、自分たちの会社が良くなるには取引先や地域が元気にならなければいけない、と考えたのである。この発想の転換にもとづいて始めたのが、地元野菜などの販売だった。


 泰成運輸では地元野菜にこだわり、町内の農家からの仕入れ販売、あるいは委託販売である。公民館での2日間にわたる販売や、高遠城址公園の桜まつりへの出店などで、自社産(委託生産)のりんごジュースの販売なども行った。これらはローカル紙や地元テレビ局などにも取り上げられて脚光を浴びるようになり、取引先の工場のお祭りや社内イベントなどへの出店依頼もくるようになった。

 同社では、郷土食の五平餅の販売や、自社のドライバーが本業の運送業で荷物を運んで行った地域から、干物などを現金で仕入れてくるようなことも行うようになった。この販売事業は泰成運輸に副次的な効果ももたらした。ドライバーの変化である。コミュニケーション力の向上、商品取り扱いの大切さ、売買にともなう現金の受け渡しを通して金銭の大切さやコスト意識の醸成などである。一方、地元の小売店はだんだん撤退し、かつての商店街はほとんどなくなってしまった。


 泰成運輸では町に陳情し、移動販売専用車両の導入に際しては経済産業省の補助金に、町としても補助金をプラスすることになった。箕輪町は東山山麓と西山山麓に挟まれ、一番低い位置に天竜川が流れている。この天竜川が形成した河岸段丘に沿うようにして主要道路が走り、町が形成されている。とくに天竜川から西山山麓にかけては河岸段丘が5段になっていて高低差が大きく、年配者が縦断するのはきつい。このような地理的条件も買物弱者を生み出している要因の1つである。

 「にこやか号」が導入され、定期コースによる移動販売を開始したのは2012年12月25日であった。車両は3t車で積載重量は1.7t、冷凍、冷蔵装置がついている。「にこやか号」は拡張型で、ボディ部分がスライドして荷台の幅が広がるようになっている。両サイドが陳列棚で、真ん中の部分が買い物通路になる。ボディの後ろが階段になり、客が庫内の「店舗」に出入りできるような構造だ。


 地産地消を基本に野菜や惣菜などはできるだけ地元で生産されたものを販売する。「地元農家の生産物をにこやか号で売り、その人たちにも買ってもらう」(柴専務)。リンゴ農家のリンゴを町の施設でジャムにして販売したり、地元の店からまんじゅう、弁当などを仕入れ、飲食店の煮物も販売している。また地元では揃わない商品はほとんど中京圏で仕入れている。目玉商品は手書きのチラシを移動販売車に貼り出し、店内には客がリクエストを書き込むホワイトボードも設置してある。

 「にこやか号」は月曜日から金曜日までは5コース48カ所で販売。土曜日は「うまいもの市」として、全域の中でとくに売り上げが見込める拠点を7カ所回る。しかし、採算的には厳しいのが現状だ。価格設定、客単価の向上、客数をいかに増やすか、さらに商品販売以外の付加価値をどうつけるかなどの課題は多い。だが、運送業としての機動力を生かした新ビジネスとしての将来性は期待できる。

<物流ジャーナリスト 森田富士夫>