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運送事業者、荷主における新たな取り組みや成功事例にスポットをあてたインタビュー記事

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【第95回】 株式会社カワキタエクスプレス(三重県亀山市)

常に「当たり前の会社」を追求し続ける


 社長が思い描くあるべき会社像と全社員の認識が同じという会社など存在しない。良い会社とそうでない会社の違いは、社長の考えや会社の理念、方向性をどれだけの社員が共有できているかで判断されるのではないだろうか。認識を共有できる社員の割合の問題である。カワキタエクスプレス(三重県亀山市、川北辰実社長)は、5年前の2013年に会社のナンバー2とナンバー3が辞め、ベテラン社員も8人ぐらい退社してしまった。その6年前の2007年には現在の所在地に本社を移し、倉庫と事務所を新設していた。だが、人員不足でトラックを稼働させることができないこともあって、売上高はピーク時の7割程度まで落ち込んでしまったのである。もちろん様ざまな要因はあろうが、1番の理由は「当たり前の会社」(川北社長)を目指そうとしていた社長と、幹部をはじめとする何人かのベテラン社員の人たちとの、認識のギャップだったようである。

 同社は創業者の川北社長が1989年に宅配便配達のアルバイトをしたのが出発点である。翌1990年には貨物軽自動車運送事業として、カワキタエクスプレスの屋号で宅配便業務を開始した。その後、納品代行業務などにも進出し、1998年には一般貨物自動車運送事業の許可を取得して組織も株式会社にした。その後、2002年には宅配事業から撤退し、一般輸送部門で本格的な展開を始めた。軽トラックでの宅配は、路線便や宅配便事業者からの下請けである。単価も安く、個配なので地域によっては配送密度が薄く作業効率が悪い。その上、不在で持ち帰り、再配達、再々配達となると、人件費は通常のパートの時給よりもはるかに低くなってしまう。そこで同社では、スタートから長年は軽貨物自動車による宅配が100%だったが、この間に引越事業も参入していた。その結果、2002年時点では宅配50%、引越し50%の割合になっていたのである。


 そこで採算性の悪い宅配業務から撤退して一般輸送に方向転換を図り、様ざまな荷物を運ぶようにした。営業開拓の狙いは荷物の種類ではなく荷物のサイズを基準にしたのである。中ロット荷物の積合せ輸送で、同時に、引越車両の稼働率を高めて収益性を向上するという方針だった。だが、貸切契約では車両を常時拘束されてしまう。専属車両が増えれば引越し繁忙期に対応できず、車両を有効活用することもできない。そこで一般貨物はスポットに力を入れ、WebKITやローカルネットを活用して荷物を上手く組み込むようにした。この戦略は奏功し、さらに事業を伸ばすための拠点として現在の所在地に本社屋と配送センターを建設したのである。この新社屋建設には、人材確保というもう1つの目的があった。その年度は売上高も4億円になった。そして2010年4月に第1期の新卒者3人が入社してきた。その後、毎年、新卒者が入社しているが定着率は3分の1である。

 新卒採用に当たって、従来の歩合制賃金から給料制にした。だが、それが嫌でベテランが8人ぐらい辞めた。最悪だったのは2013年で、ナンバー2とナンバー3が退職してしまったのである。売上高も2億8000万円まで下がり、「収支がトントンの月もあったが、ひどい月では250万円から300万円の赤字という状態が2年ぐらい続いた」(川北社長)。「当たり前の会社」を目指した川北社長と、幹部やベテラン社員との認識のズレが大きな要因である。だが、ポジティブに受け止めれば社内の体質改善を図るチャンスでもある。苦しくても「当たり前の会社」を目指して、必死に起死回生を図った。その結果、現在の従業員数は33人(うち女性9人)で、そのうちドライバーや引越作業担当などの現業は28人(女性6人)だ。保有車両は軽自動車から15t車まで21台で、車種はウィング車である。同社では「ウィングは自車両でウィング車以外は傭車」(同)にしている。


 「ウィング車に特化して車両の投資効果を高め、荷物の取り扱いなどドライバーのスキルを高めるようにしている」(川北社長)からだ。売上規模は約3億円で、そのうち一般輸送部門が約2億円、引越部門が約1億円、その他となっている。一般貨物の80%はスポットだ。若干の定期契約もあるが「担当を特定のドライバーに固定することはしないという条件にしている」(同)。一方、引越部門は法人の海外引越を行っている大手事業者の下で東海エリアの作業を請けている。現在は中途採用の場合、原則的に経験者は採用しない。そのため「ほとんどの応募者がスーツを着て面接にくる。それが当たり前の社会にいた人たちだから」(同)である。川北社長は「規模だけを追求していれば60台ぐらいの規模にはなっていた。だが、それでは自分が思うような会社にはなっていなかった。これからは普通の会社を目指す現在の経営形態で最低100台の規模まで拡大したい」という。

<物流ジャーナリスト 森田富士夫>